1962セリーグ バイプレーヤー
1950~1960年代の日本プロ野球は、くりかえし言ってますが「エースの時代」だと思います。もうひとつ「代打の時代」かもしれません。
エースの存在により、現在と比べるとベンチ入り投手の人数が圧縮され、代打のような一芸を持つ選手がベンチ入りの余地がでてきます。基本的にロースコアの試合が多くなりますから、試合後半、代打の快打で逆転・勝越しを決めれば、エースが登場して勝利をものにするのです。
今回、セ・パともに1962バイプレーヤーとして紹介するのは代打メインの選手です。しかも、代打の話題に登場することが極めて少ない選手です。
選手についているスキル「代打一閃」のメインの条件は、1.代打打率がリーグ平均打率より1割以上高いこと、2.代打打点がチーム試合試合数の1割以上(チーム試合数が130試合なら代打で13打点以上)です。「代打の神様」とか呼ばれたカープ宮川選手とかブレーブスの高井選手などは複数シーズンで達成しています。
1962スワローズ、絶対的エースのカネやんこと金田正一投手のチームメイトに「代打一閃」西岡清吉選手がいます。代打率はなんと.347、リーグ平均打率は.231にすぎません。首位打者の森永選手(カープ)の打率.307にすぎません。規定打席以上の3割打者は森永選手ひとりです。いかに、西岡選手の代打率が優れていたかお分かりでしょう。
しかし、1962年の西岡選手の物語は栄光ではありません。チャンスが決定的でないから打点が少ない・・後続打者が続かないかた得点が少ない・・チームは最下位・・「代打の神様」と称えられることもなく、悲しき活躍をした西岡選手を掘り起こせるは、「インパクトベースボール」ならではかもしれません。
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